東の空が焦げている
我が家にはテレビがない。
正確には私が扶養を抜けていくるんと一緒に暮らすようになる何年も前からテレビを見るという習慣がなくなっていた。
これによる不都合は特に思い当たらない。まあ強いていうなら周りの友人がテレビの話題を共有したがっても参加できないことくらいか。
いくるんと付き合いはじめの頃も、私が普段からテレビを見ていないことで「テレビ見てないからわからないや」と話が噛み合わなかったりもしたが、今はそのいくるんも友人や家族にかつて私が言っていたのと同じ台詞を言っている。
実家のリビングに置いていたブラウン管テレビがアナログ放送終了のため映らなくなり、ただの置き物と化した2011年7月から新しく買い替えていない。
それより前から祖父母を除く家族たちはテレビのチャンネル争いをしたことがなかったし、たまに近所のレンタルビデオショップで映画を借りてきたときにみんなで見るためのモニターとしか使っていなかった。
今は亡き祖父が存命の頃、食事中にテレビをつけることはなんとなくタブーだった。祖父は家族揃って夕食の卓を囲んでそれぞれがその日の報告をするという光景を好んでいて、テレビはその貴重な時間を減らす雑音だと考えていたように思えた。
そんなもんで私たち子どもたちは、ドラえもんの放送時間と夕飯が被ったりした際には急いで口に食事を詰め込み「ごちそうさま」を言いながら食器をシンクに片付け、テレビの前にスライディングしてやっとエンディングが見れる…だなんてことも多々あり、テレビを見るだけで数多のハードルを乗り越えなければならないのが面倒で自然と見なくなった。
(自室にパソコンを置くようになってからネットサーフィンにハマったというのもテレビを見なくなった主な理由だが、それはここだけの秘密にしておこう)
ひとり一台スマートフォンを持つようになった今日は、私が10代の頃よりテレビを見ない人の割合は増えたんじゃないだろうかと勝手に思っているけれども…とにかくそういう訳で私はかれこれ10年近くはまともにテレビを見ていない。
したがってなんのCMに誰が起用されているだとか、どんなドラマが放映されているだとか、流行っているお笑い芸人が誰かというような「テレビの話題」には疎い。
しかしテレビがなくとも、どんな事件が起きたか、世間が何を恐れているのかは知っている。
4月30日夜、東京都練馬区に店を構えていた創業50年の老舗とんかつ店で火災があり、東京オリンピックの聖火ランナーに選ばれていた店主の男性が全身に火傷を負い死亡した。54歳だった。
聖火ランナーのとんかつ店主、火災で死亡 生前は延期や新型コロナ影響を悲観 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20200502/k00/00m/040/003000c
新型コロナウイルスの感染拡大で大会は延期されたうえ、店も営業縮小に追い込まれ、先行きを悲観するような言葉を周囲に漏らしていた。
同署は現場の状況から男性が油をかぶった可能性があるとみているが、遺書は見つかっていないという。
持ち帰りのみの営業で急場をしのごうとしたが、60代の知人には「コロナが収まらないと、もうどうやったってだめだ」と嘆き、29日には「店をやめたい」と漏らした。
男性は28日、FBへの最後の投稿で、店舗の再開に向けて必要な消毒液が手に入らないことに触れ、「また振り出しに戻った」と先が見通せない苦しさを吐露した。
私はこの記事を読んで頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
いろいろなことを考えた。
自殺なのか。
妻子がいるのになぜこの人だけ。
ひとり10万円給付されることは知っていたのか。
中小法人等は200万円、個人事業主なら100万円給付される持続化給付金の存在は知っていたのか。
火災保険や生命保険に入っていたのだろうか。
ならば自分が死ねば妻子にお金が入ると思いついたのか。
気がつくと私は「偉いなぁ」と呟いていた。
自らの命を絶つにはとても勇気がいる。(私個人の意見かもしれないが。)逆に本当に生きたい人ならば、事故で命を落とすのは難しいだろう。なので少なくともこの人の場合は自殺を試みたのではないかと思う。
私の憶測だが、彼は本当に死のうとしたのだと思う。
そしてそれに成功したのだ。
彼の苦しみはここで終わった。
もう消毒液を探し回る必要もないし、店を守る義務感に縛られることもない。
愛する妻と子どもに自分が苦しむ姿を見せることもなくなった。
まあ残された側からすれば、彼の死を背負って生き続けねばならない苦しみについて思いやって欲しかったと思うだろうけども。
スウェーデンは欧州諸国唯一ロックダウン(都市封鎖)をしていない国だ。
https://forbesjapan.com/articles/detail/33704/1/1/1
高税率・高福祉国家を維持するには経済を止めるわけにはいかないというのがあちらの国の考え方なのだろうと思う。
実際に労働に参加し経済を回す若者はコロナを恐れる必要がなく、老い先短い方々の方が重症化のリスクが高いというだけの話なのだから、合理的判断だと言えばその通りだ。
ちなみにスウェーデンはパンデミック対する危機感が最も低く、ウイルス感染を恐れている人は3割程度だという。
日本がスウェーデンのような施策をとっていれば、とんかつ店の店主は油を被らずに済んだのかわからないし、日本のメディアがコロナの恐怖を煽るばかりでなく、給付金や相談窓口の案内や国からの具体的な援助についてアナウンスしていれば、起きなかったかもしれない。
たらればの話しかできない。
とんかつ店の店主が気の毒で、この記事を書こうと思いつく前に声を上げて涙を流した。
誰も救うことができない、何も持たない無力な自分、死にぞこなった自分が情けなかった。
苦しみたくて苦しむ人なんていない。もうこれ以上誰も苦しまないでほしい。