だいすきだよ
ばにらが4匹仔猫を出産して、一番はじめに出てきた子が息を引き取った。男の子だった。
7月16日10時頃、かけこんだ病院でとうに心肺停止していて蘇生はできないと言われた。
病院へ向かう車の中で私はひたすら心臓マッサージしたり、体を撫でたりさすったり、冷えないように両手に包み込んで温め続けていたのに、生まれてきて一度も鳴き声を上げないまま空に昇っていってしまった。
何かの間違いだと取り乱す私にいくるんは「名前をつけてあげよう」と言った。
シナモンやばにらのように香辛料系の名前から選ぼうと考えた。すぐにきまった。スターアニス。八角の英名。呼びづらいから愛称はアニスで。
花言葉を調べたら、驚き・向上心・努力・意外だそうだ。
いい名前だね、アニス。と話しかけても小さな手はピクリともしない。
三児の母となったばにらは他の三匹の毛繕いに夢中になっていた。
私はアニスが自分の手の中で冷たく固くなっていくのを感じながら「冷たいやつ」と心の中でばにらに悪態をついた。
いくるんがアニスの葬式をするためにと色々調べてくれた。電話をしてみると今日焼き上げて連れて帰れるというのですぐまた出かける準備をした。
電話口の男性は「小さいので骨が残らないかもしれません」といった。生まれた日が命日ならそりゃそうか、と思った。
葬儀場に向かう前に棺はこちらで用意してくれと言われたので、スマートフォンの空き箱を引っ張り出して綺麗な柄の靴下を詰めてその中にアニスを寝かせた。
ベランダのマリーゴールドがきれいに花を咲かせていたので二輪ほどハサミで切って納めた。
涙が出るほど可愛かった。
涙が出たのは悲し過ぎたからだけど。
保冷剤の冷たさを感じながら車の中でいくるんと何が悪かったのか色々話をした。
自分たちが寝るときはメープルとばにらを隔離しておくと取り決めておいたのにそれをしなかったこと。
ばにらがアニスを産み落としてすぐ動かず鳴き声をあげなかったことに気づかず蘇生措置を取らなかったこと。
24時間対応の動物病院を前もって調べておかなかったこと。
私はなんて無責任なんだと声をあげて泣いた。
なんの罪もない命が生まれたその日にお星さまになってしまうなんて。
代われるものなら私の命と引き換えに生きて欲しかった。
他にもいろいろ喚きながら泣いた。
ハンドルを握るいくるんは静かに涙をこぼしていた。
スマートフォンの箱に収まったアニスが火葬炉の中に吸い込まれるのをみてまた涙が出た。
純血のノルウェージャンフォレストキャットらしからぬ棺の小ささだった。
ママのミルクも飲めず、おもちゃで遊ぶこともできず、きょうだい喧嘩もできず、おやつの美味しさも知らないまま扉の向こうに行ってしまった。
焼かれている最中に目が覚めたらどうしようといくるんに言った。
ねえアニス。
天国には私の大切な子たちがたくさんいるんだよ。
真っ白で大きい耳のウサギがいたらそれはロップ。シロップは丁度アニスと同じくらいの大きさのハムスターで、灰色の毛並みの方はリッキーっていうんだ。ナポレオンはリッキーに似てるけど、すごく賢いんだよ。
アニスと似たような毛色の垂れ耳がチャームポイントのうさぎ、ラビは名前を呼ぶと走ってくるんだ。
つい去年、いくるんの親友のマイちゃんっていうパピオンの女の子がお空にのぼって行ったから、会ったらよろしく言ってね。
生まれてきてくれてありがとう。
満足するまで遊んだら、また戻ってきてね。
ずっと待ってるから。
またね、アニス。